「アラン諸島の思い出」 記憶を編む セーター制作日記

STORY | 2022/10/03

 アランニットが生まれるに至ったスピリットをセーターにできないか。そもそも、アランニットはどんな風土から生まれたのか。それを見つめ直すべく、ゆきさんは8年ぶりにアラン諸島に足を運んだ。

「今は『そんなに生き急がなくてもいいのかな』ってモードになっていることもあって、アラン諸島だけじゃなくて、7月はまるまる休みをとってヨーロッパをまわることにしたんです。コロナ禍で環境を変えるみたいなこともできない日が続いてたんですけど、私はこのアトリエにいて手を動かさなければ物作りができないから、旅に出てしまうと何も作れなくなるんですね。気持ちを切り替えるという意味では、区切りをつける良い時間になりました。出発する一週間ぐらい前から急にブルーになって、ねこさんとも会えなくなるし、ヨーロッパに行って何をするんだろうって暗い身持ちになってたんですけど、向こうに着いたらめちゃくちゃ元気になって、一瞬もホームシックにならなかったです」

 ゆきさんはまず、ロンドンに飛んだ。何度か訪れたことがある上に、知り合いも暮らしていて、馴染みのある街だった。そこから先の旅程は特に決めずにヨーロッパを巡り、さまざまな手仕事に触れた。

「いろんな土地で手仕事に触れようってことは考えていたんですけど、今回は特にガラスと木が気になったんです」。そう語りながら、ゆきさんはお土産に買ってきた品々を披露してくれた。

「昔は物欲が無限にあったのに、ここ34年は『買いたくてたまらない!』みたいになることがなかったんですけど、ああ、自分にも欲求が残っていたんだと気づかされました(笑)。特にスヴェープアスクっていう、日本の曲げわっぱに似てる木箱が無性に気になって。ずっとこの木箱が気になっていて、いくつか買ってきたんですけど、いつでも眺めていたくて、家とアトリエと半分ずつ置いてます。同じスヴェープアスクでも、地方で作られたものは荒々しさがあって、都市で作られたものは洗練されていて、面白いんですよね」

 お土産に買ってきた木箱とガラスの瓶に共通するのは、どちらも硬質な素材だということ。「普段から布っていう柔らかいものを触っていると、硬質な素材が気になる時期がやってくる」のだと、ゆきさんは教えてくれた。足を運んだ土地土地で、美術館や博物館に立ち寄り、膨大な数の工芸品に触れた。

「最初に行ったロンドンでも、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に行くと、ガラスはガラスだけでひとつのセクションになっていて、すごい量があるんです。膨大なコレクションを見ていく中で、自分の中で腑に落ちたのは、『ああ、衣服の寿命って短いんだな』と。たとえばテーブルや食器であれば、100年前のものでも今の食卓にそのまま持っていけると思うんです。でも、洋服の場合、トルソーから脱がして今の街を歩けるかというと、できないんですよね。ファッションのスタイルも違うし、サイズも違うし、そもそも耐久性の問題として触ったら破れてしまう。布製品と硬質なものって、時間の流れ方が全然違うんだってことに、改めて気づかされました」

 歳月を重ねると、衣服は経年劣化する。色が変色し、生地が裂けやすくなってしまう。ただ、アランセーターであれば、博物館に展示されているような年代のヴィンテージであっても、今の時代に着ることができる。「だから、手編みのニットは工芸品に近くて、だから自分は好きなのかもしれないなと気づかされました」と、ゆきさんは旅を振り返る。

 ロンドンに滞在したあとはダブリンに渡り、ひたすら西に移動した。ゴルウェーという港町から船に乗り、アラン諸島最大の島・イニシュモアへと向かった。8年前に訪れた冬の景色に比べると、別世界のような風景が広がっていた。

「アラン諸島って、小さい島だと200人くらいしか住んでないんですけど、島の人たちも冬はあんまり外を出歩かないから、自転車をこいでも誰とも出会わなかったんです。だから、前に行ったときは冬の厳しさみたいなことを思っていたのが、夏に行ってみると観光客がたくさんいて、島全体が賑わっていて、そのギャップに最初は驚きました」

 イニシュモアは、石灰岩の岩盤で出来ている島だ。つまり、もともとは土のない島だった。断崖絶壁に囲まれ、冬になると荒波が押し寄せる島に、土を運んできた人たちがいて、畑や牧草地が生まれた。こうして農業が行われるようになり、海に出て漁業に従事する人も現れて、生活が営まれてきた。現在では観光業が大きな産業となり、夏になれば大勢の観光客で賑わうのだという。

 旅の途中に、嬉しい再会もあった。アラン諸島への玄関口となる港町・ゴルウェイに、「O'Máille」というショップがある。このお店のオーナーのAnneさんは8年前、アラン諸島を訪れようとしていたゆきさんを、現地のニッターさんたちに取り次いでくれた方だ。久しぶりの再会を果たし、YUKI FUJISWAのミトンを手渡すと、Anneさんは顔をほころばせて喜んでくれた。

「Anneさんは、お元気そうではあったんですけど、今回お会いしてみると杖をつかれていて。アラン諸島のニッターさんたちも、皆さん高齢化されているから、前にお会いしていた方はもうお店番されていなかったり。この先どうなるんだろうっていう心配がある一方で、緑が豊かな風景がすごく印象的だったんです。最近ちょうど黄緑の糸を手に入れたんですけど、イニシュモアで見た色味とすごく似ていて。アラン諸島で見た景色を思って、草木が茂っていて小さい小花が咲いているような色のセーターも作れたらいいなと思っているところです」

 これまでゆきさんは、ヴィンテージのアランニットを扱ってきた。かつてニットを着ていた誰かの記憶を受け取って、箔の加工を施して、また別の誰かに手渡してきた。これから新しく作られるセーターには、ゆきさん自身の記憶も編み込まれていくのだろう。

 

Words 橋本倫史

Photo 木村和平

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