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Aran knit mittens&scarf/2020

Aran knit mittens&scarf/2020

ひかりが射し込む部屋に、真っ白な毛並みの猫が佇んでいる。猫の名前は純。保護猫として預かったのは6年前のこと。飼い主が見つかるまででいいから預かって欲しいと、同じマンションに暮らす人に相談を受けたのだ。 「一度抱いちゃったら、もう駄目ですね。それからずっとうちにいます」。長谷川千代子さんはそう教えてくれた。「編み物の邪魔はしないんだけど、ぴょこっと毛糸が出たところがあると、飛びついてくることもあるんです」 今年発表されたYUKI FUJISAWAの新作に、アラン模様のミトンとマフラーがある。千代子さんはこのミトンとマフラーを編んだニッターのひとりだ。デザイナーである藤澤ゆきさんが、アラン諸島で出会ったニットから「こんな柄の作品に仕上げたい」と提案したデザインを「編み図」と呼ばれる設計図に起こしてゆくときに、編み方を検証してくれたのも千代子さんだ。 「この編み方はすごく特殊で、私は見たことがなかったんです」。千代子さんはまつぼっくりのような柄を指しながら、そう教えてくれた。「編み方自体は難しくないんだけど、構造がよくわからなくて、いろいろ調べてみてもこの編み方は出てこなくて。なんてことない模様だけど、日本では誰もこれを考えたことがなかったんですよね」 ニットの作品は毛糸で編まれたものだから、毛糸を解けば構造を解明することができる。でも、ヴィンテージのニットを解くわけにもいかず、頭を悩ませ続けたという。 「編み物って、基本的には一本の糸なんです。糸の動きは、表は右から左へ、裏は左から右って動いていくんですね。でも、ここは糸の動きがなんか違うんです。ここはどうやったらいいかわからなくて、頭の中でずっと考えてました。まったく新しいものを考えることは私にはできないけど、誰かが編んだことがあるものは絶対私にもできるはずだっていう確信があって、今回もどうにか解明できたんです。そうやって頭を使って考えるのは楽しかったですよ」 千代子さんは1950年、山口県に生まれた。海にほど近い小さな町で育った千代子さんは、漁師の妻である女性たちが魚を行商して歩きながら、空き時間に編み物をする姿を目にしていた。初めて自分のために手編みのニットを仕立ててもらったのは、中学生のときだ。 「学校のセーラー服の上に羽織るカーディガンを作ってもらおうと、母に連れられて仕立ててもらいに行ったんです。そのカーディガンのシルエットがすごくきれいで、大量生産のものと違って、体にぴったりフィットして、感動したんです。それに、私は農家の長女だから、『日が昇っているあいだは、とにかく外に出て農作業を手伝いなさい』とずっと言われていたので、おひさまが出てるのに家の中で仕事ができるのもすごく羨ましくて、そこで今の仕事に興味が湧いたんです」 その時代はまだ、女性は男性の三歩後ろを歩くという考え方が根強かったけれど、「私はそういうのが無理だったんです」と千代子さんは笑う。維新の志士を輩出した土地柄もあり、小学校低学年の頃から先生に明治維新のことを聞かされていたけれど、「男の人が羨ましい」と千代子さんは感じていたという。明治維新の物語に登場するのは男性ばかりで、「男の人は好きなことをやれてるのに、どうして私は男に生まれなかったんだろう」と。誰かに食べさせてもらって生きていくのではなく、ひとりで生きていきたい――そんな思いに駆られていたところに、千代子さんは編み物と出会った。 「あの頃は教室に通うお金がもったいなくて、全部本で勉強したんです。ニッターの仕事をするようになったのは、こどもがもう小学校に入ってたから、40歳ぐらいのときですね。あるとき、ユザワヤさんがニッターを募集してたんです。私はお免状も何も持ってなかったし、人から習ったこともなかったんですけど、『作品を編めればいいです』というから、自分が編んだものを持って面接に行って。そうしたら『じゃあ、お願いします』ということで、すぐに仕事をもらったんです」 手渡された編み図を前に、千代子さんは途方に暮れた。独学で編み物を学んだ千代子さんは、まだ右も左もわからなかったのだ。でも、「私には編めません」と根をあげるのではなく、持っている本をすべて引っ張り出し、作品を完成させた。それ以来、依頼のあった仕事はとにかく引き受けて、ニットを編んできた。 「95年からは内藤商事(世界の毛糸を扱う老舗の卸商社)の仕事を引き受けるようになったんですけど、どんな作品でも『できません』と言ったことは一度もないです。自分が着るものを編むのだと、好きな色や好きなデザインが決まってきますよね。でも、メーカーの仕事は毎回新製品の糸に触れられるし、自分が普段編まない模様も編めるし、それがすごく楽しくて。だから私は、仕事をやりながら編み物を覚えたんです。全部自力で覚えてきたから、今回の模様も編めたんだと思います」 今年の新作として販売されるアランニット小物のうち、試作品をはじめ、白い毛糸で編まれたマフラーはすべて千代子さんが編んだものだ。 完成したミトンを手に取ると、「この裏側もきれいなんです」と、千代子さんはミトンをひっくり返す。そこには樹のような可愛らしい模様ができていた。わたしたちが普段見えないところにも、こまやかな仕事があふれている。 千代子さんは今、朝に目を覚ましてから眠りにつくまで、ほとんどの時間を編み物をしながら過ごしている。椅子に座ると血が下がってしまうので、座椅子に座って編み物をする。この部屋で、陽のひかりを浴びながら編まれたニットが、誰かの手許に送られてゆく。 Words by 橋本倫史 ───────── こちらのアランニット小物の受注は2020年5月に終了いたしました。YUKI FUJISAWAではまた来年も千代子さんたちとニットを作る予定です。どうぞおたのしみにお待ちください。

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