「小さなお土産たちが語り出す、旅の記憶」スウェーデン・デンマーク:旅の話(1)

故事 | 2023/10/21

ひとりの散歩は、とてもいい。だから気分の晴れない日には散歩に出かけるのが好きだ。

散歩をしていると、全身が感受性のアンテナのようになるときがある。自分自身がまるごと、静かな湖か詩になったみたいに。よい散歩の条件のひとつめは、誰からもなにからもせかされず、追われずに歩くこと。偶然に任せ、心のままに行き先を決めて、自分の気まぐれやあてずっぽうのために時間を使うこと。

静かな時間のなかで景色と想念だけに集中していると、いつもは素通りしていたありふれていた景色がやけに光って、感じられる。先日の散歩では、こんな風景を見た。

緑道のベンチでギターをかき鳴らす、男性に見える二人組の前に、小さなリスのぬいぐるみが観客役のように置かれていた。リスの隣にもう一匹いて、そちらもぬいぐるみかと思ったら、ほんもののふっくらした茶色の鳥だった。飼っているのだろうか。けれどペットにしては野鳥らしい素朴なふんいきだった。その鳥が、一瞬立ち寄ったどころではなく、人懐っこそうに、ほんとうにじっくり演奏を聴いていた。

想像もしていなかった偶然との出会いは、想像の限界をこえて、わたしの知覚の輪郭をおしひろげる。それは、自分にとっては「未知」で「非日常」だった風景が、実は他者の日常そのものだったと出会い直す行為でもある。

そんなひとりの散歩を、時間的にも空間的にもひきのばしたものが、ひとり旅だと思う。

YUKI FUJISAWAのアトリエで待ち合わせをした、よく晴れた秋の日。2023年9月8日〜10月6日の28日間、バルト三国を中心にひとり旅をしたゆきさんに話を聞く約束をしていた。「旅の話を聞く」という予定が、スケジュール帳に入っているだけで胸がときめいた。ゆきさんが話してくれた旅の記憶。小匙ですくうみたいに、ちいさな風景こそ記録できているといいなと思う。なにが、聴こえてくるだろうか。

アランニットの帽子、マフラーに続き、YUKI FUJISAWAとして初となる手編みのセーターのお披露目会が、あたり一面に光が反射しあう「もりやまていあいとう」で2023年4月におこなわれた。その半年後、ゆきさんはバルト三国を中心としたひとり旅の計画を立てる。 

「去年(2022年)もヨーロッパに行ったのですが、たくさんの手仕事に出会えてとても楽しかったんです。今年も手工芸を見るためにヨーロッパに行きたかったのですが、予定調和の旅になってしまうとつまらないから、訪れたことのない地域に行こうと思って。バルト三国は森が広がっているから木製品もあるし、ニットの文化もあるだろうなって。はじめに思い浮かんだのは、ラトビアのミトン。でも実際に旅を通して心惹かれたもの、発見したものは別にありました」

「バルト三国を中心に」と冒頭で書いたものの、最終的にゆきさんが1ヶ月かけてめぐったのは、次の8ヶ国。

1.🇹🇭タイ(Bangkok)
2.🇸🇪スウェーデン(Malmö、Lund、Landskrona)
3.🇩🇰デンマーク(Copenhagen)
4.🇱🇹リトアニア(Kaunas、Vilnius)
5.🇱🇻ラトビア(Rīga)
6.🇪🇪エストニア(Tallin、Viljandi、Tartu)
7.🇫🇮フィンランド(Helsinki)
8.🇮🇪アイルランド(Dublin、Donegal、Mayo、Galway)

「メインはバルト三国にしようと考えていたものの、他はあまりかっちりとは決めていなくて。ヨーロッパ内は飛行機の移動もしやすいので、せっかくなら、と思ってちょこちょこ移動することにしました。今回は、なにか目的を持って旅をしようと思ったわけじゃなくて、遊びに行ったんです。
制作に活かせるかな、という期待もあったのですが、旅をしている途中になにも得ていないことがプレッシャーになるのは嫌だったから、朝起きて今日は何しようかな? と心に浮かんだことを叶えられる自由度を残しておきたかった」

バルト三国の旅の計画を胸に

ふとアトリエに目をやると、旅先で買い集めてきたであろうオブジェやガラス、毛糸、といったこまごまとした愛らしいものたちが、白昼夢のように並んでいた。今回の旅に限らず、そういえばゆきさんのアトリエにはいつも、こつこつと集められた小物がちりばめられているのだった。

「誰かの手の痕跡が感じられるものが好き」。そうやって並べられたものたちは、ものづくりのインスピレーションになることもあれば、このアトリエで起きるすべてのことを見つめ続けてもいるわけで、あらためてアトリエの守り神みたいだなと思う。

なにかを得ようとした旅ではなかったけれど、心のままに持ち帰られ、海をわたって大事にされているお土産たちが目の前に佇んでいる。自分の話をしてくれるのをいまかいまかと待っているようなアトリエの新しい仲間たちの物語に触れることで、遠くの国でたしかにおこなわれてきた手仕事に触れた、ゆきさんの旅の姿が浮かび上がってくる予感がした。

  

【2023.9.11-9.14 スウェーデン】 

「これ、お気に入りです」

光にかざしながら見せてくれたのは、アスタリスクの記号にも似た、星の模様が愛らしいワイングラス。たんぽぽの綿毛のような円形模様とのコンビネーションが珍しく、独特の魅力がある。

4日ほど滞在したスウェーデンは、去年の旅に続いて2回目の訪問。前回見つけたお気に入りのお店に立ち寄って買い求めたのだそう。

森林資源が豊富なスウェーデンは、ガラス製作に適した土地

Malmöというスウェーデンの南部で、おじいちゃんがひとりでやっているアンティークショップで買いました。犬を連れた若い人が来ていたり、店の前でお茶していたり、ローカルなコミュニティにもなっているお店。このお店は、床に割れているものがいっぱいあるんですよ。でも誰も気にしていない。商品のガラスが、ぎりぎりのバランスで積み上げられていて、触ったら落ちてしまうかも、というドキドキを楽しむっていうコンセプトなんじゃないかと思うぐらい。あと、グラスのなかに謎の液体が入っていたりします(笑)。
このお店を訪れるのは二度目で、毎回セレクトがとてもよくて、たくさん買いました。これはトムテという北欧に伝わるおじさんの妖精。ポリッジというお粥を食べている様子が描かれたお皿です」

クリスマスにはトムテにポリッジ(オーツ麦のお粥)を供えないと拗ねてしまうそう

トムテは農家の守り神だというけれど、スウェーデンの話を聞きながら、ゆきさんの旅のお守りみたいだと思ったものがある。

「2024年の春にお披露目するアランニットは、Donegal Yarns(ドネガルヤーン)というアイルランドの毛糸を使おうと決めていたんです。2022年の旅で出会った、アイルランド産の毛糸です。今回の旅では、この糸の見本帳を連れて歩いていました。1ヶ月もアトリエをあけるので、早く色を決めないと制作が間に合わないという現実的な理由もあったのですが、東京以外のいろいろな陽の下で、この毛糸を見てみたらどうなるだろう? って。

土地によって光の色も、街並みも違いますよね。東京で見たときは、この毛糸はツイード調で、牧歌的な印象があったんです。でもアイルランドの自然の風景のなかで見たら、たくさんの色が混じり合う様子が、落ち葉に光がぱっとさす様子にも、木の実のようにも見えました。その土地ならではの自然をデザインに落とし込んでいるのだということが、すっと自分のなかに入ってきて、腑に落ちたんです」

 

 

2023.9.14-9.19 デンマーク】

 

マーガレットのような花びらが、ボウルとステムの間に咲いている脚付グラス。以前、偶然Instagramで見かけてうっとりした記憶が、目の前の実物で思い出された。

そのグラスは、6〜7年前の初訪問に続いて2回目だというデンマークで買ったもの。今回の滞在は6日間と少し長め。

「ニーナさん(Nina Norgaard)という、Cecilie BahnsenやHAYとコラボレーションもしているガラス作家の方に連絡して、アトリエを訪問したんです。はじめましてだったのですが、インスタでDMしたら、アトリエに来ていいよって。ヨーロッパでは、アポイントを取れば、一般の人もアトリエに行けるような空気感があるみたいで。そのフラットでオープンな関係性がとてもおもしろいなと思いました。文化として、つくることとの距離が近い感じがして、わたしもやってみたくなりました」

ゆきさんは旅をするとき、YUKI FUJISAWAのシグネチャーアイテムのひとつでもある、ヴィンテージのトートバッグに箔をほどこしたものに贈り物用のリボンをかけて持ち歩いている。それをスタジオビジットのお礼にと、Ninaさんに手渡した。翌日が誕生日なの、とNinaさんは笑って喜んでくれたそう。

少しだけ勇気を出して、会いたい人に会いに行き、ちょっとした奇跡が起こることがある。それは、旅先の出会いというものが、交差した時間がひとときだったとしても、お互いがそれぞれの場所で懸命に生きてきた時間が、点ではなく面で重なるからだと、こういう話を聞くたびにわたしは思う。

 「デンマークは街の人々や動物がすごく人懐っこい感じがして、それが印象的でした。泊まったAirbnbのオーナーさんが、帰宅が遅くなってしまった夜に親身になって心配してくれたりして。“どうしてそんなに優しくしてくれるの?”と聞いたら、“優しくするほうが簡単じゃない”って。猫不足を解消するために猫のいる宿をいくつか予約したのですが、猫たちも毎晩一緒に寝てくれました」

 「暮らしの営みや、文化をつないでいくこと」バルト三国編:旅の話(2)につづく

 

Words:野村由芽

Photo:石田真澄

movie(旅):YUKI FUJISAWA

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