東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

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「余白のかがやき」 記憶を編む セーター制作日記(9/最終回)

STORIES | 2023/11/09

 今年の夏はほんとうに暑かった。夏の平均気温は観測史上最高を記録し、東京都心でも真夏日は過去最多となり、11月になってもまだ夏日が観測された。ただ、立冬を迎えたあたりから、ようやくニットが着られる気候が近づいてきた。ゆきさんのアトリエにも、今年のセーターが続々と届き始めていた。

「10月ぐらいから、カーディガンのポケットが続々と編み上がって、アトリエに届きはじめました。ポケットとボタンを、皆さんのオーダーシートと照らし合わせて、箔を入れて――箔を入れるタイミングも、お披露目会では“NOW”と“AFTER”という選択肢を用意したんです。最初から箔を入れた状態でお届けするか、何年か経って箔を入れるか、お客さん自身に選んでもらいました。中にはだるまの目みたいに、まずはポケットの片方だけに入れたいという方もいて、時間をかけて育てていくことを受け入れてもらえてうれしかったです」

 選べる要素が増えると、仕事も増えてゆく。注文票とニットを付き合わせ、そのポケットやボタンの組み合わせで間違いないか、入念に確認する。手間は増えるけれど、お客さんが自分で選べる要素を増やしたいのだと、ゆきさんは言う。

「一人旅のあいだにも感じたんですけど、旅行って普段とは違うところで目が覚めるじゃないですか。朝起きて、たとえば果物の皮を剥いて食べようと思ったときに、ぎざぎざしたナイフしかなくて。自分の手に慣れたものじゃないから、うまく切れなかったんですけど、そもそも皮も剥かなくていいかも、とか。日々のできごとが新鮮に感じられて、旅に出ると、そういう日常の中の違和感が面白いんです。Airbnbの部屋も、そこは私の家ではないけれど、目覚まし時計の配置をちょっと変えるだけで、自分の居場所みたいに馴染んでいく。そうやってなにかを選んだり、手を加えたりすることで、自分のものにしていく感覚があります」

 家具の配置を決めることや、カーテンの色を決めることにも、その空間をわたしのものに変えていく力がある。ただ、何よりわたしたちのからだの近くにある衣服にも、そこをわたしの場所に変える力がある。

「ちょうど昨日、オーダーと違うセーターが届いてしまって、せっかく編んでもらったけど納品できないから、自分のセーターにすることにしたんです。そのセーターに自分で選んだボタンをつけて、夜の地下鉄に反射する自分の姿をみたら、『わたしは今、世界で一番良いセーターを着ている!』って。良いっていうのは、値段とかそういうことではなくて、一番熱量がこもっていたり、もしも緊張するような日でも、このセーターを着てたら頑張れる――ものとしての価値を超えたような存在って、自分でボタンを選ぶ行為からも成るんじゃないかと考えています。大学生の頃、テキスタイルでものづくりを始めたときに、真っ白な布に色を挿すことで息づいてくる命があると感じていたんですけど、ハンドニットにもそういう力があると思うんです」

 今年のニットは、一着編み上げるのに膨大な時間を要する。編み上がったセーターの目をじっくり見ていると、その向こう側にニッターさんたちの熱量が浮かび上がってくるようだ。

「服って消耗品として扱われるよなってことを、やればやるほど感じるんです」と、ゆきさんは言う。「それを考えると、25万円以上するセーターは、とても高い買い物だと思うんです。25万円あったら、家具も家電も買えるし、いろんなことができる。それだけのお代をいただいているんだから、ワンシーズン着たら終わってしまう服とは全く異なる時間の流れ方をするものに仕上げる責任があると思うんです。ウールの手編みのセーターは寿命が長いものだから、わたしが死んだあとも、どこかの国の誰かがこのセーターを見つけて、『なんだこのニットは!』と手に取ってくれる――そんなふうに時間が流れていくといいなと思います」

 アトリエの壁に目をやると、古いニットがかかっていた。それはゆきさんのお父さんが40年近く前に海外で買ったもので、最近はずっとゆきさんが着ているニットだ。そんなふうに父から受け継いだニットを着て過ごしてきたことも、時間の流れ方を意識するきっかけになったのだという。

 ただ、買ってくれるお客さんに対して、「こどもや孫に受け継いでください」という言葉はかけないようにしているのだと、ゆきさんは教えてくれた。もちろんこどもや孫に受け継がれていくセーターもあるだろうけれど、友達にあげるのでもいいし、「これが理想だ」と誰かを縛ってしまうような言い方はしないようにしているのだ、と。

「旅に出ると、あんまりその日の予定を決めないで、好きな場所で寝起きして、好きなときに歩いて、気になる景色があれば立ち止まって――その余白がわたしには必要なんです。隙間があることで、手編みをしているおばあちゃんと市場で出会って、そこからまた違う時間が始まっていく。そういう過ごし方が好きだし、ものづくりでもそういうありかたが好きなんです。手を動かしてつくっていると、予期せぬ場所にたどり着くことがあって、それが心地いいんです。余地があると、そこに自分とは違うだれかの要素が入ってくる。予想外の形になったり、だれかが選んだボタンの並びになったりするのが面白いんですよね。それを受け取れる人間でありたいとずっと思ってます」

 アトリエに届いたニットに、陶器のボタンを手で縫い付けていく。その並びは十人十色。新作ニットのお披露目会に足を運んだ人たちは、自分の好みのボタンを選ぶことができた。オンラインで注文した人たちは、自分自身でボタンを選ぶことはできなかったかわりに、ゆきさんがボタンを選んでいる。これまでの購入履歴から好みを探ったり、初めて注文してくれた人であれば名前から受けるインスピレーションをもとにボタンを選んでいるのだと、ゆきさんは教えてくれた。一着一着のセーターが、どこか手紙のようにも見えてくる。

「旅に出ると、友人やお世話になっている人たちに手紙を書くんですけど、手紙は時差が面白いなと思うんですよね。LINEだと一瞬で送れることばも、エストニアから投函したら東京まで2週間かかりました。そんなに重いメッセージを書いてるわけじゃないんですけど、届くまでの時差が面白いなと思います」

完成したニットに、慣れた手つきで箔を押す。ピンクとグリーンのニットなら、一層目はゴールド、二層目はシルバー。ネイビーのニットなら、一層目が紺色、二層目は水色の箔を押す。プレスが終わると、箔が美しく輝いて見える。その美しさは、反射したひかりがわたしの目に射し込んできたものだ。わたしたちはどうして目に射し込んでくるひかりを美しいと感じるのだろう。 

 ひかりは1秒間に約30万キロの速さで進んでゆく。完成したばかりのハンドニットたちが、大事に梱包されている様子を眺めながら、今この場所で放たれたひかりが、ずっと遠いどこかにまで届く瞬間のことを想像する。

 

「記憶を編む セーター制作日記」 完

 

 

Words 橋本倫史

Photo 木村和平

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