東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

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「記憶を着飾る」 記憶を編む セーター制作日記(4)

STORIES | 2023/01/31

 131日。朝のテレビでは、「今日をピークに、徐々に寒さが和らいでいく」と気象予報士が説明していた。まだまだ寒い日が続いているけれど、春も近くまで迫りつつある。ゆきさんのアトリエにセーターのサンプルが届いたのは、そんな131日の夜だった。

「今、作ろうとしているセーターが4種類あるんですけど、ひとつはVネックの形のカーディガンで」。編み上がったばかりのサンプルを手に、ゆきさんが説明してくれる。「このカーディガンは、私が持っているいちばん古いセーターをオマージュとして入れたいなと思っているんです。そのセーターは手紡ぎの糸で編まれているんですけど、『記憶の中のセーター』を作り始めたころからずっと持っていて、自分の中で大事にしていたものなんです。いちからセーターつくるうえで、原点に立ち返って、これをひとつオマージュとして入れたいなと思ったんです」

  ゆきさんが大事にしているセーターは、タートルネックだ。ただ、その形をそのまま再現したのでは真似になってしまうから、Vネックのカーディガンにしようと思っているのだという。その模様の細やかさに目を見張る。編み上がったサンプルは、カーディガンの背中の一部だという。

 「このカーディガン、編むのにほんと時間がかかるみたいで、このダイヤ模様を1段を編むのに6時間かかるんです」。編みかけのサンプルを手に取りながら、かなえさんはそう教えてくれた。かなえさんはニットの生産管理の仕事をしていて、デザイナーであるゆきさんと、ニットを編むニッターさんたちを繋いでくれる存在だ。腕の立つニッターさんのひとり・長谷川千代子さんでも、この背中の一部を編むだけで3日かかるらしかった。

「こんな細かい模様、よく――よく編んでくださいましたね」と、ゆきさんが言う。

「長谷川さんも、『これを編めって言われること、なかなかないわよ』って笑ってました」と、かなえさん。「でも、『ほんとに編み物が好きなら、編んでて楽しいと思う』と言ってくれましたね。ほんと、芸術品だと思います。存在感があるから、街で見かけたら『すごいニットを着てる人がいる!』って振り返っちゃう気がします」

 この日ゆきさんが身に纏っていたセーターもまた、新作の試作品だ。こちらは一足早くサンプルが編み上がり、ここ一週間ほど試しに着て過ごしてみていたのだという。

「このセーター、寒くなかったですか?」と、かなえさん。セーターの一部に透かしが施してあるから、そこが千代子さんともども気掛かりだったのだという。

「とっても暖かかったです。ちょうど届いたころから寒波がやってきましたけど、驚くほど暖かかった。すごくいい出来上がりで感動してます。ここからかなえさんと相談して、まだまだ修正していくんですけど――素敵です。ついに一着目ができました」

 一着目として編み上がったセーターは、「アランセーターとはなんぞや?」という問いに立ち返ってデザインされたものだ。数ある洋書を読み解き、古いアランセーターをあらためて見返していくなかで、目が留まったのは1930年代に編まれ、現在はミュージアムに収蔵されているセーターだった。

 「このセーターが面白いのは、前の模様と後ろの模様が違うんです」と、ゆきさん。「それ以外にも、肩の付けかたとかも、いわゆる今のアランセーターと違うところがあるんですけど、そこに編んだ人の工夫が見えるんです。量産されたものじゃなくて、一個人が思いついて作ったセーターの面白さを大事にしたいなと思って、この模様をお借りしつつ、セーターのデザインを考えたんです」

 気になった模様があれば、それをかなえさんに共有し、まずは「スワッチ」を編む。スワッチとは、試し編みをしたものを指す。気になった模様があれば、実際にスワッチを編む。いくつもアイディアを出し、膨大なスワッチを編んだ上で、実際の質感を確かめながら、どこにどの模様を配置するかを考えてゆく。かつて誰かが編んだ模様にプラスして、スズランのような花模様も配置した。それは、去年訪れたアイルランドで目にした白い花をイメージしたもので、誰かが編んだ模様に、ゆきさんの記憶が重ねられたセーターだ。

 「このセーターを作ってみて気づいたのは、アラン模様ってよくできてるなってことだったんですよね。たとえば、このサンプルだと、ジグザグした模様同士を組み合わせちゃったんですけど、アランセーターは対比のある模様のデザインが交互にきてることが多くて、そうやって配置したほうがお互いを引き立てあって綺麗なんですよね。私は好きな模様だけ組み合わせちゃったんですけど、そういうところも無意識にうまく構成されているんだなと気づかされました」

 「あと、編みやすいように配置されてるんですよね」と、かなえさん。「ニットって、編みやすいように、ゲージが近いものを隣り合うように配置することが多いんですね。私も自分で編んだりしますけど、どうしても編みやすさを考えながら模様を配置するところがあるので、そうすると組み合わせがおのずと決まってくるんです」 

 ニットを編める人だと、無意識のうちに編みやすさや馴染みのある配置といったルールの中で考えてしまうところがある。でも、ゆきさん自身はニットを編まないからこそ、「ちょっと珍しい、ゆきさんらしいデザインができるんだと思う」と、かなえさんは続けた。

 「そう、このセーターには違和感みたいなものを詰めたいと思っているんです」。試作品のセーターの模様を確かめながら、ゆきさんが言う。「ミュージアムにある昔のセーターを見ると、違和感がいっぱいあるんです。違和感というとネガティブになっちゃうかもしれないけど、見慣れなさがあって、自由だなと思うんですよね。違和感というのは、初期の頃から自分の中にあるキーワードで。それは派手にするとか、突拍子もないものにするのとはまた違うことで、うまく言葉にできないんですけど、いかに既視感がない喜びを作れるかってことはいつも考えている気がします」

 新作として編むセーターの中には、ガンジーセーターをイメージしたニットもあった。ガンジーセーターとは、イギリス海峡に浮かぶガーンジー島で編まれてきたセーターで、漁師たちが身にまとうセーターだった。これがアラン諸島に伝わり、アランニットに発展してゆく。

「ガンジーセーターは漁師さんが着てたものだから、あんまり立体的じゃなくて、見頃(胴)の半分がプレーンになっているものが多いんですよね。漁をするときに引っかかりにくいように凹凸が少なかったり、摩耗して擦り切れやすい裾や袖口は編み直しやすいようにプレーンな模様になっていて、理に適ったデザインなんですよね。これがアラン諸島に伝わって、アランセーターが生まれていくんですけど、初期のものはガンジーの編み方を踏襲してつくられていて。だから今回、ガンジーセーターのスピリットも入れたいと思って、模様を色々考えているところなんです」

 ガンジーセーターをモチーフに編むセーターには、どんな模様が似合うのか。編み上がったサンプルと、スワッチを見比べながら、ゆきさんとかなえさんが意見を出し合う。フィッシャーマンをイメージして、魚や貝、錨をモチーフに編まれた模様もある。それ以外にも、雪の結晶やペンギン、羊、ゆきさんのイニシャルの「Y」と、テーブルには無数のスワッチが並んでいる。 

 ゆきさんが今年のセーターに編もうとしている模様のひとつに、葉っぱがある。2020年にニットの小物を作り始めたときから試行錯誤が葉っぱの模様だった。

 「葉っぱの模様って、アランセーターによく編まれている模様でもあるです」。ゆきさんはそう教えてくれた。「この葉っぱも、ピクセルみたいな感じだから、縮小すれば縮小するほど簡素になって、らしさが失われていくんですよ。ただ、らしさを出そうと有機的にすると、模様がどんどん大きくなっちゃうんですよね。以前ミトンを作ったときにも、この葉っぱの模様をつけようとしたんですけど、すごく不思議なものが出来上がってしまって、結局やめにしたんです」

 葉っぱのマークのような模様を編むだけなら、ドット絵のように表現することはさほど難しいことではないのだろう。ただ、ゆきさんが求めているのは、葉っぱが枝に茂っている質感だった。

 「ゆきさんが言っていたの、こういうことで合ってました?」サンプルを示しながら、かなえさんが尋ねる。

 「合ってます、合ってます」

 「こういう感じで葉っぱを編もうとすると、どうしても葉っぱが下を向く形になるんですよね。編み物は方眼の中に記号図を並べて作っていくので、斜めにするとか、途中で方向を変えるっていうのが難しくて。できるだけ横向きに葉っぱが茂っているみたいにしてみたんですけど、あんまり外向きにし過ぎると編み地が歪んじゃうので、これが目一杯の外向きかなって感じです」

 かなえさんの説明を聞きながら、「今は枝のほうが目立つので、枝の部分を細くして、葉っぱがほわっとなっている感じが出せるといいですね」と、ゆきさんは言った。 

 ふたりのやりとりを聞きながら、ひとはどうして植物を飾るのだろうかと考えていた。街を歩けば、街路樹が植えられていて、花壇がある。部屋に観葉植物を飾る人もいれば、花を飾る人もいる。あるいはボタニカルな柄を身にまとう人もいる。

 セーターは冬に着るものだ。アラン諸島の冬は厳しく、島に暮らす人たちもあまり出歩かず、家で過ごすことが多いのだと、ゆきさんは話していた。厳しい冬があって、植物が芽を出す春がある。その日を待ち侘びながら、葉っぱが編まれたニットを着て、アラン諸島の人たちは冬を過ごしていたのだろう。ゆきさんがつくるニットにも、遠い夏に目にした植物のあざやかさが編み込まれようとしている。

 

Words 橋本倫史

Photo 木村和平

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