東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

「あたらしい冬に」 記憶を編む セーター制作日記(1)

STORIES | 2022/10/03

 季節が巡り、また冬がやってくる。同じ冬でも、今年の冬はいちどきり。そんな2022年の冬に向けて、新しい取組が始まっている。これまでヴィンテージを扱ってきたYUKI FUJISAWAが、手編みのセーターをいちから作ろうとしている。 

「ブランドを立ち上げて10年経って、数えてみたら800着ぐらいセーターを作ってきたんです。自分が作ったセーターを800人が着てるって、全校生徒みたいな感じですごいことだと思うのと同時に、やりきった感覚がありました。一方で、ヴィンテージだからこそのトラブルがあって、『アランニット制作日記』でお話ししたように、箔が変質してしまうこともあったんです。そういうトラブルに数年悩まされていたこともあって、ヴィンテージじゃなくて、自分が見てきたものをふまえて新しいものを作る方法もあるのかなと思うようになりました」

 ただ、これまでヴィンテージを扱ってきたところから、いきなり新作のセーターを作ることに対して戸惑いもあった。誰かが着ていたニットが、生まれ変わって誰かに受け継がれていく――そこにロマンを感じて制作を重ねてきたところから、いきなり新品のセーターを作ることに、うまく気持ちを切り替えることができなかった。だから、いきなりセーターに挑戦するのではなく、ミトンやマフラーといった小物を作ってみたのだと、ゆきさんは振り返る。そこでニッターの千代子さんや、生産管理に携わるかなえさんと一緒に物作りに取り組んだことが、手仕事を見つめ直す時間になった。

「つい最近、とある工場に行く機会があったんですけど、そこはトヨタ生産方式を取り入れている大きな工場で。生産ラインの画面には「あと何秒以内にこれを組み立てる」と表示されていたり、その区画を何歩で歩くとより良いのか計算されていたり、合理化されているんですよね。それを見たときに、私がいつもやっていることがいかに非効率化かってことを改めて思ったんです。でも、それが面白いのかも、って。機械で編めばいいものを、手編みで作るって、非効率の最たるものじゃないですか。そこに残されている何かを愛しているから、千代子さんたちも手編みの仕事をやっているんだろうなと思ったんです」

 ゆきさん自身は、ニットを編めないこともあり、提案したデザインが編み手からすると非現実的なものになってしまうこともある。ただ、そんな場合でも、かなえさんは「ちょっと考えてみます」と面白がってくれた。そんなふうに打ち合わせをして、2〜3週間後に千代子さんから小さなサンプルが届き、また打ち合わせをする。そうして時間を重ねることで、「心をともにできる仲間がいる」と感じられたことも、セーター作りへと背中を押してくれた。

 当初の予定では、年内には発表するつもりでいたけれど、「今はのんびりやろうかなってモードになっています」と、ゆきさんは笑う。

「ここ1、2年は、ずっとせかせかしてたんです。大阪でイベントを開催して、設営から自分たちでやったり、ここをアトリエショップにしてオーダー会を定期的に開催したり――お客様は喜んでくれる反面、自分の中からいろんなものを出す一方になって、苦しくなったところもあるんです。だから、ちょっと一回リセットして、締め切りに追われる状況じゃなくて、全部自分でハンドリングできる状況で考えよう、と。それで、『アランセーターとはなんぞや』というところを改めて考えて、歴史をもう一回調べ直してました。いわゆるアラン模様を扱うだけじゃなくて、それが生まれるに至ったスピリットみたいなものをセーターにできないかな、って」

 アランニットは、アイルランドにあるアラン諸島で生まれた。英仏海峡に位置するガンジー島で19世紀に発祥したガンジーセーターが英国の漁師たちに広まるなかで、漁業基地のあったアラン諸島にガンジーセーターが伝わり、やがて独自の編み方に発展してゆく。

「アランニットが量産のフェーズに入る前のことを調べてみると、その時代は『アランセーターパターン』みたいな本も当然なくて、ほんとに作り手の純粋な動機――『いいものを作りたい』とか『見たことないものを編んでやる』ってところから始まっているんです。今から70年以上前に、島でコンテストが開催されて、『セーターを編むのが上手な人は、この毛糸で編んできてください』ってコンペティションがおこなわれていて。その当時のセーターが今も残っているんですけど、すごく細い糸が使われていたり、袖の意匠が違ったり、表と裏で模様が違ったり、すごく面白いんです。量産を前提として作られていないから、自分以外の誰かが編むことを想定していなくて。そこに創造性があるし、その再現性のなさって忘れちゃいけないものだよなと思いました」

 編み手の情熱がこもった当時のセーターは、採算度外視で作られてある。アランニットの歴史に立ち返ったことで、いつのまにかコスト意識が自分の中に染み付いていたことに気づかされた。

「お金をもらって物を作るって、すごく不思議なことだなといつも思うんです。アトリエショップでオーダー会を始めて、自分の作ったものを直接お客様に売るようになってからは、作るときに顔が浮かぶようになって。あの人のために作ろうって思えるのはすごく良いことだったんですけど、その一方で、『これだと使いづらいんじゃないか』とか、『これは面白いものだけど、耐久性の面では怪しいかもしれない』とか考えるようになってしまって、自分で制約をかけるようになってしまったところもあるんです。そうすると、自分の物作りが薄味なものになってしまうんじゃないか。それが怖くて、リミッターをかけないようにしなきゃって、自分に言い聞かせてるところです」

 最初に物作りを始めた頃、モチベーションとなっていたのは「私のことを誰かに気づいてほしい」という思いだったと、ゆきさんは振り返る。作品を受け取ってくれる人が増えるにつれて、その気持ちは少しずつ満たされてゆく。そうすると、「買ってくれるお客様のために」という思いがモチベーションになってきた。いちからセーターを作るという新しい取組に向かうにあたって、「自分はなぜ作るのか?」と自問自答を重ねる日々が続く。たどり着いた答えは、良いものが作りたいというシンプルな思いだった。

「ほんとは年内にオーダー会をやるつもりでいたんですけど、思い悩んでいるうちに10月になってしまって。ゆっくりやろうと決めてはいたんですけど、そんなことを言っていたら1年、2年と平気で過ぎちゃうなと思うので、本格的に寒くなる前に第1回の発表ができたらなと思っています」

 10月も下旬を迎えて、寒い日が続いている。冬に向けて箪笥を整理をしながら、そこに加わるセーターがどんなものになるか、想像する。

 

Words 橋本倫史

Photo 木村和平

LATEST



© YUKI FUJISAWA