「ニットのお直し」 アランニット制作日記(12月)
STORIES | 2019/12/29
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「冬型の気圧配置」と耳にするたび、どこか懐かしい気持ちになる。その日はテレビから「冬型の気圧配置」という言葉が流れてきて、日本海側では大雪となると報じられていた。いよいよ冬が到来した師走のある日、ゆきさんはニットのお直しに取り掛かろうとしていた。
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YUKI FUJISAWAでは、お直しの依頼を受け付けている。ウェブサイトには「Repair」の項目があり、申し込みフォームから依頼が可能だ。冬が近づいてくると、お直しの依頼が増えるのだという。
「お直しを始めたきっかけは、お客様からの要望なんです。最初はニットを卸したお店を通して連絡をいただいてたんですけど、ウェブから直接連絡をいただくようになって、フォーマットを作ったのが2015年なんです。形あるものはいつか壊れますけど、箔という素材も経年変化が必ず起こるので、箔のお直しを始めたんです」
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ゆきさんは、これまで制作してきた「記憶の中のセーター」の写真を残している。依頼があると、お客様に購入時期と現在の写真を送ってもらい、販売したときの状態と照らし合わせ、リペアに取りかかる。
「お直しっていうと、元通りに戻すって印象が強いと思うんです。最初は私も、元と同じ色の箔でお直ししてたんですけど、お客さまのこれまでの思い出に重ねて、また新たなデザインに生まれ変わらせる方がより幸せだなと。なので今は『好きな色の箔を選べます』とお伝えしてます。そこから『じゃあ何色にしよう?』って悩まれる方もいますけど、『ゆきさんにお任せで、素敵に仕上げてください』とオーダーされる方も多いですね」
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「お任せで」と依頼されたら、ゆきさんはどうやって箔の色を決めるのだろう?
「たとえばこのニットは、ピンクの染と水色の染を掛け合わせたオパール染めというテクニックを用いてます。これを『青い箔にしてやろう!』みたいな強引な感じじゃなくて、そのものが持つ声や佇まいにリンクさせていきます。このニットを作ったときにはまだブロンズの箔を持ってなかったんですけど、ピンクの染めの柔らかさと相性が良いと思い、『ブロンズ箔はいかがですか?』と提案したんです。このニットの持ち主さんにもお会いしたことがあるのですが、ブロンズのあたたかみと白銀の爽やかさが、ご本人の情熱的で優しいお人柄にも似合うかなと」
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2015年のニット。右がお直し後の写真。手首にブロンズ箔を追加し、首元も白銀を重ねてリペアしている。
ヴィンテージ素材を扱う「記憶の中のセーター」は、かつて誰かが着ていたものであり、そこには誰かの記憶が詰まっている。でも、こうしてお直しを重ねていくことで、新たな記憶が何層にも重なっていく。ゆきさんの作品と出会うまで、ニットの寿命は数年だと思い込んでいたけれど、大事に着れば何十年と着ていられるものだ。
「よく言われるのは、靴と同じで、1回着たら2、3日休ませることで。あとはお手入れですね。ホコリや皮脂などがついて、時間が経つと酸化したりダメージになってしまうんです。洋服を長持ちさせるには、休ませつつ定期的にお手入れをする。馬毛や猪毛の洋服用ブラシでブラッシングをすると、埃や花粉を取り除くだけでなく、毛玉予防になるんですよね。最近はアトリエショップもありましたし、作った服を着てくださっている方に会う機会が多いんですけど、どうしたらこんなに綺麗に着られるんですかって驚くこともあります。大事にしてもらってるんだね、よかったね、とその服に話しかけたくなります」
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この日、ゆきさんが着ていたニットも、お父さんが輸入の仕事をしていた頃に海外で買い付けてきた「CARBERY」というアイルランドのハンドニットで、35年以上前のものだという。ウールの手編みのニットは、大切に着ることで、何十年後かに誰かに手渡すことだってできるのだ。
「このニットは届いたばかりなので、どんなふうにお直しするか、ちょっとお見せしますね」。ゆきさんはエプロンを身に纏うと、テーブルの上にニットを広げ、まずは状態を確認して、丁寧に毛玉クリーナーをかけてゆく。
「毛玉があると、箔をのせたときにそこだけぼこんとしちゃって、編み目が綺麗に見えなくなるんです。下地を整えるように、編み目の凸凹のへこんでる箇所の毛玉や、エッジの部分にある毛玉を取る。すごい地味な作業だけど、やるかやらないかで仕上がりのクオリティが違ってくるんですよね」
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箔をのせる箇所だけでなく、他の箇所にある毛玉も取っておく。5分かけて丁寧に毛玉を取り終えると、いよいよ箔押しの工程だ。ゆきさんが顔料やインクと一緒に運んできたのは、網戸のようなフレームだ。まずはこれを使って、箔を接着する糊を塗ってゆく。
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「最初の頃は筆で塗ってみたりローラーで塗ってみたりしてたんですけど、この方法が一番綺麗に表現できると気づいたんです。大学の授業でシルクスクリーンを習ったときに、紫外線に反応する感光乳剤を塗る過程があるんですけど、大きいバケットに乳剤を入れて、それを立てかけたメッシュに引いていくんです。そうすると表面だけに均一な薄い膜として塗布できるんです。それを応用して、このやり方にたどり着きました」
箔の糊をテーブルに取り出すと、そこに顔料を混ぜて、色をつける。「記憶の中のセーター」を作り始めた頃は、糊の元々の色である白のまま塗っていたけれど、今は顔料を混ぜている。箔が経年変化すると、次第に下地が見えてくる。それを「箔が消えてしまった」とネガティブに捉えるのではなく、変化を楽しんでもらえるようにと、色をつけるようになった。
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「Tシャツやトートバッグはロゴの上に箔を重ねているので、経年変化とともに元々のヴィンテージの絵柄が現れてくるコンセプトです。ヴィンテージ自体に模様があるものはそういった経年変化の面白さが表現できるんですけど、ニットの場合はやっぱり、箔が消えちゃうと悲しいと思うんです。形あるものはどうしても変わっていく。そこを前向きに捉えてもらえるような嬉しい驚きをと思って、最近は箔の下地に色をつけるようにしてます。着用して掠れていくうちに、箔の下から鮮やかな色が現れてきますよ」
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顔料を混ぜると、メッシュの上に薄く糊をのせていく。普段は60メッシュという密度を使っているけれど、お直しの場合は箔をさらに重ねるため、風合いがなるべく硬くならないよう、より網目の細かい80メッシュを使う。これを箔押しする箇所に置き、木製のヘラを当てる。こうすることで、ニットに糊が染み込むことなく、表面にだけ薄く塗ることができるのだという。
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糊を塗り終えると、きちんと塗れているか、ニットに顔を近づけて確認する。「うんうん、良さそうです」とゆきさん。制作中のゆきさんは、普段よりちょっと、ちゃきちゃきしている。
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糊が定着するのを待ち、いよいよ箔押しだ。糊が完全に乾くのは1~2日後のため、あらかじめプリントしておいたものを今日はプレスするという。ズレが生じないよう、慎重に箔を配置して、自動熱プレス機のボタンを押す。プレス機がゆっくり降りて、箔が圧着される。
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再びプレス機が上がると、ぺたんこになったニットに箔がくっついている。箔のぬけ殻を取りのぞき、スチームアイロンを当てると、ニットは膨らみと輝きを取り戻す。
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「お直しのときは、やっぱり緊張しますね」とゆきさん。「商品の場合、もしも何かしらのトラブルが起きた場合はアレンジすればいいのですが、お客様のニットはこの世に1着かぎり。失敗できないからどきどきします」
プレス機から、ちりちりとした匂いがする。今では暖房といえばエアコンだけど、昔、ストーブに当たっていた頃にこんな匂いを嗅いでいたような気がする。年の瀬が近づくと、親戚の家に集まり、こたつに入りながら、あるいはストーブに当たりながら、トランプで遊んでいたことを思い出す。
もうすぐ2019年も終わる。ゆきさんの2019年の抱負は何だったのかと尋ねると、「今年の豊富は『楽しく制作する』だったので、達成できたかなと思います」と答えてくれた。では、来年の抱負はと質問すると、仲間を増やすことだとゆきさんは即答した。
words by 橋本倫史
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