「2019年のニットの色を決める」 アランニット制作日記(7月)
STORIES | 2019/08/10
今日からライターの橋本倫史さんによる制作記録が始まります。ヴィンテージ古着に箔と染めを施すことで、新しく生まれ変わらせる「NEW VINTAGE(ニュー ヴィンテージ)」シリーズ。白い無垢なアランニットがどのように変化していき、お客さまの手元に届くまでの、制作の日々を記録していきます。
その日も朝から曇っていた。ここまで晴れ間が見えない日が続くのは、統計を取り始めてから初めてのことだという。半袖では肌寒く感じるけれど、7月にニットで溢れている風景に少し驚く。
「このアトリエに移ったのは1月なんですけど、まだこの子たちの定位置が決まってないんです」
丸椅子の上に立ち、棚の上に置かれたニットを下ろしながら、ゆきさんが教えてくれる。
「毎年ニットが始まるときになると、棚を整理して、定期的にこの子たちのお引越しをするんです。そのたびに広げてみて、『この子、まだここに居たのね』と思ったり、『ああ、こんなのも今の雰囲気に良いかも』と思ったりして。10月にはニットを並べたいから、だいたい夏、7月ぐらいからニットを触り始めてますね。夏の暑いときにニットの制作を始めて、秋に届けることが多いです」
アトリエには様々なニットがある。セーター、カーディガン、ベスト。「ベストは今年面白いかも」とつぶやきながら、ひとつひとつ広げて確認している。
「ウールのニットは状態が変わってきてしまうものもあるから、『そろそろ出したほうがいいかも』と思って使うこともありますし、『もうちょっと寝かしておくと、このデザインは時代がもう一回巡ってくるかな』と思って寝かしておくこともありますね。
あと、形が様々なんですよ。いわゆる普通のセーターと呼ばれる被りのプルオーバー。襟付きのものも形が様々で、首が詰まって丸っこいもの、Vネック、『開襟!』という感じの襟が大きなものと。こういう大ぶりな襟のカーディガンはちょっと古い雰囲気があるのだけど、でも、逆に今、こういうのを羽織りみたいに着たら素敵だろうなと思って、ひとまずサンプルとして染めてみようと思ってます」
積み上げられたニットの中には、何年もアトリエに置かれているものもあれば、買い付けてきてすぐに出て行くものもある。数あるニットから、ゆきさんは何を基準に選んでいるのだろう?
「そう言われると、どうやって選んでるんだろう。選ぶのが一番時間かかるかもしれないです。今月に入ってからずっと、この子たちを引っ越しさせながら選んでるんですけど、まだ腑に落ちてなくて。『今日選ぶぞ!』と決めて選び終えることはなくて、ギリギリまで迷います。夏休みの宿題が8月31日まで引き伸ばしちゃう感覚です。
たとえばこれは、右はほっこりし過ぎてて、少し野暮ったいなと感じます。同じほっこりさのある雰囲気でも、左のほうがポケットのボタンだったり、襟の形が面白い。面白いっていうのは、より個性があるし、今の気分に合っている感覚があります」
同じ時代を生きていても、わたしたちは皆、さまざまな気分を生きている。そんな中で、ゆきさんが「今の気分」と感じるものに共鳴した人たちが、YUKI FUJISAWAを手にとってゆく。では、ゆきさんはどんなところで「今の気分」を感じているのだろう。
「私はヴィンテージ素材を生まれ変わらせることが主で、ファッションデザイナーではないんです。なので、流行を読むみたいなことはあまり意識していないし、『こういうものを流行らせます』みたいな感じではなくて、作品を買ってくれる人と興味の対象や感覚が近いデザイナーだと思うんです。
だから、本を開いたり、街を歩いている人を見たり、テレビをつけたり、生活の中のいろんな点を見てゆくと、『皆は今、なんとなくこんな気分なんだろうな』と思う瞬間があります。伊勢丹に行ったとき、『ああ、今年はこういう質感の服を着てる人が多いな』とか、『タピオカ流行ってるな〜』とか。
それらが直接制作にリンクするわけじゃないですけど、皆がどこに興味を向けているのかってところから掬っていく感覚です」
ゆきさんはニットの毛玉を見つけると、毛玉取り機で毛玉を取り除いてゆく。
「染めに出す前に毛玉を取って、返ってきたらまた毛玉ができてるから、またむいむいむいむい毛玉を取ります」。市販の毛玉取り機は電池式のものが多いけれど、それだとあっという間に電池がなくなってしまうので、コード式のものを愛用しているのだという。
「話していて思い出したんですけど、電車の中が結構重要なのかもしれないです」。毛玉がきれいに取れたか確認しながら、ゆきさんが言う。
「前のアトリエは台東区にあって、日比谷線に1時間近く乗って通ってたんですね。そうするといろんな街を通ることになって、自分以外の不特定多数の人を見ることができて。どんな服を着てる人がいるか、どうやって過ごしている人が多いか、どんな広告が出てるかを見ながら、『この電車の中でどんなニットを着ている人が立っていたらら面白いだろう?』ってことを想像している気がします。そうやって考えてないけど考えている時間みたいなのって大事ですよね」
形を選ぶと、次は色だ。アトリエにあるニットの多くは、クリーミーな白い糸で編まれたアランニット。白さが特徴のニットを、染料で染めてゆく。
「このニットはそもそも、後から染めるってことを想定して作られてないんです。赤いニットが欲しかったら、最初から赤い糸を買ってきて編みますよね。それを後から染めようとすると、それぞれ染まり方が違うんです。どこのウールを使っているかによって染まり方が違ったり、糸の太さなど紡績方法によっても違ったりするんですよね。
だから、『なんとなくこんな色になるだろうな』と思いながら染めに出してみても、思った以上に染まってしまったり、全然染まらなかったりすることもあります。同じブランドや似た質感のウールだと他の人が編んでも同じ色に染まることが多いので、過去に染めたニットの端切れをサンプルとして、こうやって残してあるんです」
染めの作業はアトリエではなく、工場に出して染めてもらっている。まずは7月のうちに「サンプル」を工場で染めてもらって、そのあとで「量産」してもらうのだという。しかし、YUKI FUJISAWAで扱うニットはヴィンテージで、いずれも一点限りのものだ。そこで言う「サンプル」とは一体何を指すのだろう?
「そう、私の場合は扱うニットが全部一個一個違うから、染めても必ずブレが出るんです」とゆきさんは言う。
「でも、そもそもニットがその染め方に耐えうるかどうか、チェックする必要があるんです。ヴィンテージにはどうしても個体差があるので失敗することも多くて、物によっては糸の経年変化が進んでいて染めると破れてぼろぼろになってしまうこともあります。
悲しかったのは、濃い色に染めたニットに箔を載せてみたら、箔が全部変質してぼろぼろになったことがあって。染料と箔の相性が悪いと、化学変化してしまうんです。それは一個ずつプリントしてみないとわからないことなので、そのためにも、試し書きのような形で『サンプル』が必要で、それがクリアできると他の『ヴィンテージ』も染めに出して、量産に入るんです」
今年はどの色に染めるのか。過去に染めたサンプルの端切れだけでなく、カラーチップをテーブルに広げて、ゆきさんは頭を悩ませている。
「ニットは2011年ぐらいからほそぼそ取り組むようになって、最初は2、3着だけ作ってみたんです。そこから次の年は50着、100着、150着と、ちょっとずつ増やしてきたんですけど、自分の中では『もう十分作ったな』という感覚があって、それで去年はニットをやらなかったんです。最初の頃は自分の手で染めていて、途中から工場さんで染めてもらうようになって――もう自分で作りたい色は一通り作り終えたなと思ったんです」
今年、再びニットを取り扱う上で、ゆきさんは新しい試みを行ったのだという。Instagramを使って、「今年は何色がいいですか?」とアンケートを取り、意見を募ったのだ。回答として上がったのは、ピンクや水色、生成りや緑など、過去に取り組んだ色が多かった。ただ、一番多い回答は、これまで扱ったことのない紫色だった。
「これまで私が好んで使ってきた色がいくつかあるんですけど、紫というのは考えてなくて新鮮に感じました。これまでは自分が表現したいものを受け取り手のお客さまに渡してきた感覚があったのですが、今はもっと着用してくれている人たちの声を聞きたい気持ちで。なので、一色は皆が着たい色を入れてみよう、と。
今年の3月に『’1000 Memories of’ 記憶のWorkshop』というのを開催して、参加する方に1番大切な「記憶」として写真や手紙を持ってきてもらい、箔に写し取るというワークショップを開催したんです。そのとき、その写真や手紙にまつわる皆さんの記憶を聞かせてもらって。そのワークショップが経てから『もっと皆の話を聞きたい』というモードになったのか、作り方の気持ちが変わってあのワークショップを開催するに至ったのかな…。だから今は寄り添いたい気持ちが強くて、それで今年はお客さまにアンケートを取ることにしたんです」
そうして一つは紫に染めると決めたものの、紫という色にもかなりの幅がある。
「スミレや藤の花のようなやさしい紫色にしようと思いながらも、柔らかいと可愛いくなり過ぎるし、濃すぎれば主張の強い色ですし、どの塩梅にするかすごく迷ってます。性別を問わず着られるというのがYUKI FUJISAWAの中の一つのテーマとしてあるので、そこをうまく乗り越えたいです」。何度もカラーチップを繰りながら、ゆきさんは迷い続けていた。
アトリエにお邪魔した1週間後、メールが届いた。「色、ようやく決まりました!」という言葉とともに、1枚の画像が添付されていた。そこには少し暗めの青紫色と、濃いめのネイビーが写っていた。
words by 橋本倫史