アランニット制作日記 10月/カネコアヤノ・木村和平との撮影の裏側

 

 待ち合わせ場所に選んだのは「新宿の目」だった。真っ先にやってきたのはシンガーソングライターのカネコアヤノさんで、スニーカーの白さが際立って見えた。聞けば、一番ぼろぼろの靴を履いてきて、新しいスニーカーを買ってきたのだという。古い靴はお店に引き取ってもらって、買ったばかりのスニーカーに履き替えてきたのだ、と。彼女の「とがる」という曲の歌詞が、ふいに思い浮かんだ。

今日は新作のアランニットのビジュアル撮影の日だ。モデルを務めるのはカネコアヤノさんで、撮影するのは木村和平さんである。

「私は和平君のことを“かずへりん”って呼んでるんですけど、彼が10代の頃すごくファッションが好きで、原宿によくいた時のあだ名です。私もまだ学生だった頃に知り合ったんです」。ゆきさんは和平さんのことをそう紹介してくれた。

「かずへりんはその頃から写真を撮っていて、展示会にもよく遊びにきてくれて。それで、今年の春に表参道ROCKETで「”1000 Memories of” 記憶のShop」という展示会をやったとき、アヤノちゃんと一緒にきてくれて、『歌手のカネコアヤノさん』と紹介してくれたんです」

「かわいらしい女の子」というのが、ゆきさんがアヤノさんに抱いた第一印象だった。すぐに音源を聴いて好きになり、ライブに足を運んで一段と好きになったのだという。

「こないだ渋谷さくらホールでの単独演奏会も観に行ったんですけど、あんなに大きなホールに立っていても、人間・カネコアヤノが客席に伝わってくる感じがするんですよね。地団駄踏むような感情って、普通は他人に見せずに隠そうとすると思うんです。そのままでいることって難しくて、自分をよく見せたいと思っちゃうじゃないですか。でも、アヤノちゃんはありのままをぶつけてくる」

この日の撮影は「新宿の目」からスタートした。地上に上がってみると、もう新宿スバルビルの姿はなくなっていた。これから先、「新宿の目」はどうなってしまうのだろう。

「今、17℃しかないんだ!」。小田急百貨店の屋上にあるダイキンの温度計を見て、アヤノさんが声をあげた。この日は一気に冷え込んで、北海道で初霜が観測されたと報じられていた。いよいよニットの季節が近づいている。

「ゆきさんの作品を初めて生で見たのは、マームとジプシーの『みえるわ』って舞台を観たときなんです」。身に纏ったニットを光で照らしながら、アヤノさんはそう話してくれた。「あのとき、ゆきさんの作った衣装がダントツに可愛くて、最高だなと思ったんです。それで、原宿で初めましてをして、そこで買ったTシャツをライブでの衣装に使わせてもらって。こないだの渋谷さくらホールでワンマンライブをやったときは、ワンピースを作ってもらいました」

写真を撮りながら新宿を歩き、名曲喫茶「らんぶる」に入り、ドライカレーとチキンライスをそれぞれ注文する。

「ボブ、似合ってる」。アヤノさんの髪を見つめながら、ゆきさんが言う。

「良かった。皆、『切って良かったね』って言ってくれるから、嬉しい」とアヤノさん。

「ボブにすると、すごい楽だよね。髪の毛を乾かすのも早くなるし」

「楽だから、いまだに感動してる。お風呂に入ろうって気持ちになれる。ほんとはおでこも出したいんだけど、富士額だし、眉毛も強過ぎるから、勇ましいのよ。こないだも前髪を短くしたんだけど、強過ぎるから、これぐらいの長さになってきたほうが心が安定する」

運ばれてきたドライカレーを頬張りながら、ふたりはそんな言葉を交わしている。誰より髪の長い和平さんが、ときどきそっとシャッターを切る。その音がなければ、今日がビジュアル撮影だということを忘れてしまいそうなぐらい、どこまでも穏やかな時間が流れてゆく。

作品を制作するたびに、ゆきさんはビジュアル撮影を行なってきた。YUKI FUJISAWAの「NEW VINTAGE」シリーズはすべて一点物だということもあるけれど、イメージビジュアルはファッションの世界で欠かせない存在だ。でも、ここ最近はビジュアル撮影をしておらず、今回は久しぶりの撮影なのだという。

「今の時代、ビジュアルってどんどん流れていってしまうから、イメージビジュアルを作ってもその場で消費されて終わってしまうなと思っていたんです」。喫茶店を出て、駅まで向かう道すがら、ゆきさんはそんなことを話してくれた。

「ただ、ファッションフォトの重要性ということも、最近よく考えるんです。ファッションフォトには『これを着ることで、こんな世界が私にもやってくる』と思わせる力があって、モノ以外のことを想像する余地が増えていくから、ビジュアルの訴求が必要だなと思っていたんですよね。そんなときにアヤノちゃんが着てくれている姿を見て、とても似合ってるし、何より彼女自身が歌にする日々の小さな輝きを大切にする姿に、YUKI FUJISAWAの作品と通じるものがあると思っていて。それでアヤノちゃんにモデルをお願いしようと思ったんです」

カネコアヤノさんをモデルにすることと、撮影を木村和平さんにお願いすることは同時に決まった。和平さんはアヤノさんの写真を撮影し続けており、アヤノさんが近年リリースした作品のアートワークにも共同制作として携わっている。

「かずへりんが記録しているアヤノちゃんが抜群にいいから、ふたりにお願いすることにしたんです。それも、1日で撮ってもらうんじゃなくて、ニットを1ヶ月くらい預けて、かずへりんがいつもアヤノちゃんを撮っているみたいに時間をかけて撮ってもらおうってことになったんですよね。意見を出し合ったら3人ともそう思ってたんです! 今この瞬間の輝きは、2019年のふたりにしか描けないなと思って、ニットを託すことにしました」

ニットを預けてビジュアル撮影をお願いするのは今回が初めてのことで、「こうした撮影方法は今まで想像したこともなかった」とゆきさんは語る。撮影に際しては写真家に委ねる部分がなければうまくいかないけれど、作家として、どうしても「うまく撮って欲しい」と思ってしまう。だから、これまで撮影には常に立ち会ってきたし、常に現場には緊張感があったけれど、今回はふたりに全面的に委ねようと思えたのだ、と。

「こうしてアランニット制作日記を書いてもらうようになって、今年のニットは2019年のニットだってことをすごく意識するようになったんですよ。かずへりんはアヤノちゃんのことを刻々と記録してるけど、それと同じように、2019年に存在したニットとして写真に収めてもらいたいな、と。日々何かを作っている中でちょっとずつ自分の気持ちも変わっていくし、今この年にしか撮れないものや、いつかなくなってしまう場所、そういうものも一緒に記録できたらと思ったんです」

新宿駅から中央線に乗って、吉祥寺に出る。ここまでの撮影は、吉祥寺で撮影したものが多いのだと和平さんが教えてくれた。「いわゆる“ファッションフォト”という感じじゃなくて、普段の生活の中で、たまたまYUKI FUJISAWAのニットを着ている感じにしたかった」のだと。

アーケードの下を歩きながら、ゲームセンターを冷やかして、バッティングセンターにたどり着く。コインを投入する前に、バットを手にしたアヤノさんが打席に立ち、素振りをしている。

「そこに立ってると、ボールに当たっちゃうよ」。ホームベースの上に立つアヤノさんに、和平さんが語りかける。

「あれ? この白いとこに立つんじゃないんだ?」とアヤノさん。バットから快音が響くことはなかったけれど、スウィングするたび、アヤノさんは「ひゅう!」と軽やかな声をあげる。



この日、最後に訪れたのはビルの屋上にある駐車場だった。その風景にはどこか見覚えがあった。そこは「とがる」のミュージックビデオが撮影された場所だった。

わたしたちが手にするCDも、そこに収められている写真も、過去に記録されたものだ。それと同じように、私たちが身に纏っている服も、過去に誰かが作ったものだ。街にはたくさんのものが溢れているけれど、それらはすべて、今という瞬間よりも過去に作られたものだ。そんなことを考えると、今という瞬間にたったひとりで放り出されたような気持ちになるけれど、あの歌をうたっている人も、その姿を撮影している人も、あのニットを作っている人も、2019年の東京という街に確かに存在している。そんなことをしみじみ感じながら、撮影の風景を眺めた。

 

words by 橋本倫史

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