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「夏の気配が残るオーダー会のはじまり」 アランニット制作日記(9月)

STORIES | 2019/10/16

 

 アトリエの入り口にスリッパが2組、綺麗に揃えられていた。暑さ寒さも彼岸までと言うけれど、すっかり秋めいてきて、ニットの季節が近づいているのを感じる。

ゆきさんはアトリエの隅々まで掃除機をかけると、ウッディーベースのルームスプレーを振り、お客さまがやってくるのを待ちわびた様子でいる。

今日はこれから、オーダー会が開催される。YUKI FUJISAWAの代表作でもあるアランニットシリーズ「記憶の中のセーター」を、自分の希望に沿って仕上げてもらうことができるのだ。オーダー会は4日間に渡って開催され、1枠につき2組ずつ、お客さまをお迎えする。

「今日はありがとうございます。デザイナーの藤澤ゆきです。初めまして」。お客さまが揃ったところで、ゆきさんが挨拶する。

「今日はニットをたくさんご用意してます。数ある中から、ベースとなるニットをお選びいただき、箔を入れる箇所、箔の色までフルオーダーできるご予約会です。こんなにたくさんニットがあるので悩んでしまうと思うんですけど…、気になるものをどんどん手に取ってみてくださいね」

アトリエにはアランニットがずらりと並んでいる。染めを施していない無垢な“ホワイト”や、過去の染め色の“アーカイブ染”もあるけれど、お客さまが真っ先に手に取っているのは今年の新色であるパープルとネイビーの“オパール染め”だ。

「気になったら、どんどん試着してくださいね」とゆきさんが声をかける。「試着していくと、自分に合う雰囲気のニットがわかってくるので。ちなみに、プルオーバーとカーディガン、どちらがお好みですか?」

「普段はあんまりカーディガンを着ないんですけど、こうやって羽織ってみると可愛くて、まだ迷ってます」とお客さま。「入れてもらう箔も、オーダー会に申し込んだ段階では“編み目”でお願いするつもりだったんですけど、この“粉雪”も可愛いですね」

今年のオーダー会では、箔のデザインを“編み目”と“粉雪”から選べるようになっている。“編み目”とは、名前の通りニットの編み目を浮かび上がらせるデザインで、これまでのアランニットシリーズにも用いられてきたスタイルだ。一方の“粉雪”は、この日に間に合うように新たにデザインした新柄である。

「新しい柄のことは、前からずっと思っていたのですが、あまりピンとくるデザインが浮かばなかったんです。でも、新色としてネイビーに染めてみたときに、暗いベースに箔の煌めきが対比して柄が美しく見えてきて、ようやくこういうデザインが合うな、と。そこから時間をかけて少しずつデザインを詰めていって、肩に雪がしんしんと降り積もっていく姿をイメージした“粉雪”を作ったんです」

「このニット、ずっしりしてる」。ネイビーに染められたニットを手にしたお客さまがつぶやく。「そう。そのセーターは重いんですけど、そのぶん暖かくて、アウターが要らないくらいです」とゆきさん。お客さまは「これなら雪国にも行けそう」と小さく笑う。

今日はよく晴れていて、ひかりが射し込んでくる。でも、ニットを試着しても汗ばまないようにと、冷房が強めにかけられている。アトリエの外はまだ夏の気配が少し残っているけれど、ここは森の匂いが漂っていて、涼しい空気が流れている。粉雪が降り積もる季節を想像しながら、お客さまは試着を重ねてゆく。

YUKI FUJISAWAがアランニットの個人オーダー会を開催するのは、これが2度目のことだ。最初に開催したのは2年前の冬にさかのぼる。

「ブランドを始めたときはまだ学生で、しばらくは実家の一室で制作していました。それだとお客さまどころか仕事関係者も呼びづらかったんです。そのうち台東デザイナーズビレッジという共同アトリエを借りて、外のギャラリーで展示会も開催していた頃、『お店のための展示会ではなくお客さまに向けた個人オーダー会にチャレンジしてみたい』という気持ちが芽生えて。今年の会は、2017年の12月に個人オーダー会を開催した以来です。」

それ以前も、ゆきさんは何度か展示会を開催してきたけれど、それはワンピースやトートバッグを扱うもので、アランニットの個人オーダー会は久しぶりだという。

「普段ひとりで制作しているときは『このヴィンテージをより美しくするには』『どう活き活きさせるか』、素材そのもの興味が向くので、着用者の姿を想像するよりも、ヴィンテージ素材そのものに意識がフォーカスしていることが多かったんです」

ゆきさんは、古着に染めや箔を施すことで、「NEW VINTAGE」という作品に生まれ変わらせる。そこにどんな加工を施すか、アトリエでひとり素材と向き合いながら考えて、完成した作品をお店に届ける。その過程では、実際に身にまとう人と対面できる機会はない。でも、オーダー会ではひとりひとりのお客さまと向き合うことになるので、いつもと違うモードになる。

「今回のオーダー会が始まる前は、いろんなことにナーバスになってしまい、『一人も来ないんじゃないか』とか、『ニットの風合いが固い』みたいなことまで気になり始めちゃって(笑)。ニットってそういう素材のはずのに、一度気になり始めると止まらなくなっちゃって。だから、今日を迎えるまではすごく不安な部分もあったんです」

その不安は杞憂に終わり、お客さまは嬉しそうに試着を重ねている。その様子に、ゆきさんはどこかホッとした様子でいる。

「こうやってイベントを開催すると、ほんとに感謝の気持ちが出てきますね」とゆきさん。

「生活をしていると、『あの映画、あの展覧会に行きたかったのに、気がついたらもう終わっちゃった』ってことがありますよね。でも、今日のオーダー会は1ヶ月前から予約をしてくれて、自分の人生の中にこの時間を空けてくださって、このアトリエまでたどりついてくれるわけじゃないですか。それってすごいことで、そのことを思うと嬉しくて涙がでます。感謝の気持ちを絶対に忘れちゃいけないなといつも思うんです」

2組のお客さまは、購入するニットを決めて、次はどんな箔を入れようかと頭を悩ませている。袖の長いネイビーのセーターを選んだお客さまは、迷いに迷って、袖口にも箔をプリントすることを選んだ。

「袖が長いので、袖を折り返して着るだろうから普段は箔が隠れると思うんです。でも、『今日は袖にシルバーの箔が欲しい!』って日には、袖を折り返さずに、箔を見せて着ようと思います」

オーダー会の様子を眺めていると、お客さまの生活の姿を垣間見ているような心地になる。彼女は今、アトリエでアランニットを試着しているけれど、実際にそれを身にまとうのは日常生活の中だ。アトリエにある鏡を見つめながら、近い未来に自分がどんな気分で生きているかを想像し、ニットをまとっている未来の私を想像する。そして、その一着が未来の私にぴったりフィットするように、箔を載せる箇所を選んでゆく。

「じゃあ、この子たちは大事にお預かりしますね」

どんな箔をプリントするかが決まり、それをメモし終えると、ゆきさんがお客さまにそう切り出す。「11月まで、しばしのお別れ。ちょうどニットが着られる季節にお届けします」

お客さまを送り出すと、アトリエはしんと静まり返った。次のお客さまをお迎えするまでのあいだ、ゆきさんはニットを検品し、穴を見つけては補修している。気の遠くなる作業を繰り返しながら、冬がやってくるのを待っている。

 

words by 橋本倫史

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