東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

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「ちがうかたちで」 記憶を編む セーター制作日記(5)

STORIES | 2023/01/31

 アトリエにニットのサンプルが届いた日。ゆきさんは打ち合わせが始まる前に、おにぎりを買ってきてくれていた。あの日は日が暮れる頃に集まる約束をしていたから、皆がお腹を空かせているだろうと、近くの専門店でおかかのおにぎりを買っておいてくれたのだ。日々の慌ただしさの中に身を委ねていると、そういう気遣いをつい忘れてしまう。打ち合わせが始まる前に、皆でほかほかのおにぎりを頬張った時間が、記憶に強く残っている。

 この日、アトリエのテーブルには、ニットのサンプルだけでなく、焼き上がった陶器のボタンも並んでいた。去年の秋に竹村さんのアトリエで作ったボタンだ。竹村さんが釉薬を選んで焼き上げたボタンは、ひとつずつ微妙に仕上がりも違うし、色味も少しずつ違っている。予想以上に素晴らしい仕上がりとなり、せっかくだからボタンをいっぱいつけられるニットを作ろうと、セーターのデザインも練り直したのだという。 

 テーブルに並んでいるのは、丸いボタンだけではなかった。そこには蝶をモチーフにしたボタンと、クローバーをモチーフにしたボタンもあった。これから新作のニットを作っていくにあたり、一番上につけるボタンはイヤーボタンとして、毎年異なるモチーフにするつもりなのだと、ゆきさんは聞かせてくれた。

YUKI FUJISAWAではよく蝶のモチーフを使うんですけど、夏のアラン諸島の景色を思い出すと、生き物たちが健やかに過ごしている雰囲気が印象に残っていたんですよね。だから今年のイヤーボタンにも、生命力のあるモチーフを使いたいと思ったんです」

 ボタンづくりを始めた段階は、「木の枝」というモチーフも候補に上がっていて、ゆきさんはモデルになりそうな木の枝を拾い集めていた。木の枝が候補に上がっていたことにも、明確な理由があった。 

 「ニットって、当たり前のことなんですけど、羊の毛じゃないですか。だから毛糸にもムラがあったり、羊が運んできた木屑がついてたりすることがあるんです。セーターを着た人が、それを見て『ゴミがついてる』と思うんじゃなくて、『羊が運んできた枝だ』とか、『羊と葉っぱがここまで旅してきたんだな』みたいに、セーターについているボタンとリンクして想像してもらえたらいいな、と。物語が続いていくように、ボタンのモチーフを選んだんです」

 かなえさんによれば、海外の毛糸だと、木屑がついたままのものも少なくないのだという。ただ、日本で生産される毛糸の場合、そういったものをすべて取り除かないとクレームがついてしまうのだそうだ。「自然のものならではの大らかさが伝わればいいなと思って」と、ゆきさんは語る。 

 今回のニットは、日本の紡績会社の糸を使っているから、「木屑がついている!」とクレームが入ることはないだろう。ただ、国産の糸を使っても、悩ましい問題がある。それは、ちくちくするかどうか、である。

 「私はタートルネックのセーターが好きなので、今回もタートルネックを作りたかったんですけど、セーターのどっしりした硬さと、首まわりの着心地を両立させるのが難しくて。ニット帽を作り始めたときから、かなえさんと一緒に糸の検証をしてるんですけど、最適解はまだ見つかってないんです」

 国内の大手が生産するニットは、ちくちくしないように、原毛から選んでいるものがほとんどなのだと、かなえさんが教えてくれた。首周りは特にちくちくしやすいから、その部分だけ別の糸を使うこともあるのだという。

「今はもう、ちくちくしないセーターのほうが少ないですよね。よりやわらかくて、軽くて、肌触りのいいものが日本だと求められるので、ちくちくしないセーターが当たり前になってきてると思うんです。でも、そういう糸を使うと、セーターの張りがなくなるんですよね。張りがあって、あったかくてウール100%だと、どうしてもちくちくするんです」

 言われてみれば、小さい頃に着ていたニットは、今のものよりずっとちくちくしていた気がする。それに比べると、最近のニットでちくちくした記憶はほとんどない。そのかわりに、というのか、薄手で軽いものが目につく。アランニットのように、しっかり張りのあるニットは、昔に比べると見かけなくなった。

 

 「ヴィンテージのニットを扱っていたときは、いい意味でいろんなことに諦めがついたんですよ」。ゆきさんが語る。「ちくちくする風合いも、ちょっと変わってる形も、伸び伸びしてたり、縮んでるセーターも、全て個性として楽しんで送り出してきました。でも、いちから自分が作るとなると、選択肢が無限にあるから、どこに標準を合わせればいいのか――

 初期の頃から違和感を大事にしているのだと、ゆきさんは話していた。ただ、今の時代には、違和感はノイズとして片付けられてしまうおそれもある。

「正直に話すと、ヨーロッパから帰ってきたくらいから、結構行き詰まってるんです」。ゆきさんは率直にそう切り出した。「これから自分が何を表現するのか――アランセーターが辿ってきた時間があって、その歴史を紐解くことで力を借りながら、どうにか形になってきて。あとはなにより、こうやってかなえさんや千代子さんとやりとりすることで乗り越えられています」

LINEでやりとりしてても、ゆきさんの焦りが伝わってくるときがあるから、『とりあえず確認して!』みたいな感じでサンプルを送ることがあります」と、かなえさんは笑う。

 「プルオーバーのセーターが編み上がったときも、すごく良かったんだけど、アランセーターらしい硬さが足りないんじゃないかって焦ってしまったんです」と、ゆきさん。「肌ごこちのよいふんわりとした雰囲気がこの糸の魅力なんですけど、私はヴィンテージの硬い質感のニットをずっと見てきたから、そのイメージから離れられていなくて。それでかなえさんに、『どうしよう、糸を変えたほうがいいのかもしれません!』って慌ててLINEを送ってしまって。そしたら、かなえさんが千代子さんと連絡をとって、まだ編みかけのサンプルを届けてくれたんです。それを見たら、杞憂でした。模様の力強さで編みの緩やかさは軽減されていたし、何より目指していた手仕事のパワーが真っ直ぐ伝わるものになっていて、ああ、これなら大丈夫だと安心したんですよね」

 ゆきさんがかなえさん、千代子さんと仕事をするようになって3年が経とうとしている。歳月を重ね、お互いのことを理解し合うようになったことで、あらたな扉が開きつつある。

 「今回、いちからセーターを作る上で、粒一覧を編んでもらったんです」。そう言って、ゆきさんはひときれのニットを見せてくれた。そこには粒のような模様がいくつも編み込まれていた。この粒模様は、「ボップル」と呼ばれる。ゆきさんはこの粒模様が好きで、新作にはどんな粒が似合うか、いろんな技法で編んでもらったのだという。

 すずなりに並んだ粒模様は、ひとつひとつ違う表情をしている。ただ、横に並んでいるものは、同じ技法で編まれたものなのだと、かなえさんが教えてくれた。毛糸には、ストレートヤーンとスラブヤーンがある。ストレートヤーンは糸が均一な太さに整えられているのに対して、スラブヤーンは抑揚のある糸が織り交ぜられているため、太い場所と細い場所がある。だから、同じ技法で編んだボップルでも、形がまちまちになるのだ。そのばらつきを伝えたくて、千代子さんは同じ編み方の粒をいくつもサンプルとして編んでくれたのだという。

「千代子さん、すごい。私の要望を全部わかってくれてる」と、ゆきさんは嬉しそうにサンプルに見入っていた。

 

「ニットの小物を作り始めたときから、手仕事の痕跡を大事にしたいと思っていたんです。ただ、かなえさんがお願いしてくれたニッターさんたちは皆ほんとに上手だから、手編みだと気づかれないんですね。タグにニッターさんのサインを書いてもらって、それでやっと『手編みなんだ』と気づいてもらえるくらい。今回も、膨らみのある糸を使ってサンプルを作ってみてるんですけど、そういう糸を使うことで、上手な人が編んでもぽこぽこ左右に踊ってる箇所が出てくるんです。そういう歪さが見えるといいなと思っているんですよね」

 同じ編み図がもとになっていても、編み手によって微妙に仕上がりが異なるのが手編みのニットだ。それに、古いアランニットをよく見ると、途中で間違えたところから、そのまま編み進めているものを見かけることもある。ただ、アランセーターが生まれたころに比べると、不揃いであることを受け入れてもらうのは難しい時代になった。

 「こういう不揃いさを楽しめる人が増えてくるといいなって、本当に思うんですよね」。かなえさんが言う。「普段から『絶対間違えちゃいけない』という日常の中にいると、間違いや不揃いなものに対して敏感になるんだと思うんです。誰かがちょっとしたミスをしたり、ちょっとでも不揃いなものがあると許せないって気持ちは、そういうところからくるんじゃないかな、って。そうじゃなくて、不揃いなものや違和感を楽しんでもらえたり、安らぐものだと思ってもらえたりするといいなと思うんですよね」

 

 ミスが許されない仕事というのは、世の中にたくさんある。ただ、他人のミスや不揃いなものに不寛容な世の中というのは、生きづらい世の中だと思う。ちょっとぐらい目玉焼きが歪んでいてもいいし、料理が出てくるまで時間がかかるならのんびり待てばいい。レジを打つ店員さんも、わざわざ立っていなくたってよくて、座ってレジを打てばいい。

 均質さが求められる時代にあって、ちがうかたちを求めている誰かはきっといる。ゆきさんが一緒に仕事をしている千代子さんも、かなえさんも、きっとそのひとりなのだと思う。その誰かに向けて、ゆきさんは頭を悩ませながら、セーターを作っている。

 

Words 橋本倫史

Photo 木村和平

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