東京都現代美術館POP UP✧12.21〜

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「ニットを繋ぐひと」 2021年のアランニット

STORIES | 2021/09/11

 

夏が過ぎ、冷たい風が吹き、ニットの季節がやってくる。

長らくヴィンテージニットを扱ってきたYUKI FUJISWAWAは、新たな取り組みに挑戦している。2021年の秋冬に向けて発表された新作は、ヴィンテージではなく、新たに編み上げられたニットたちだ。4月20日にWEBご予約会が始まり、オーダーを受けた数をもとに、マフラーやミトン、ニット帽フーディーが編まれてゆく。いずれはセーターに挑戦するつもりで、去年からマフラーやミトンといった小物に取り組んでいる。

デザイナーの藤澤ゆきさんがデザインしたニットを量産するには、ニッターさんたちの手がいくつも必要となる。ただ、これまでヴィンテージを扱ってきたゆきさんは、量産をお願いできるほどニッターさんの知り合いがいなかった。そこでゆきさんとニッターさんたちの橋渡し役となり、生産管理の仕事に携わっているのが、かなえさんだ。

「こんな小物を作りたい」というデザイン画を受けると、かなえさんはまず、ニッターさんと相談しながら編み図を作る。そうしてサンプルを作り、量産に入る。どのアイテムを、どのニッターさんに、何個作ってもらうか。ひとりひとりと相談しながら、数を割り振ってゆく。

「普段のやりとりは、基本的に電話が多いです」とかなえさん。「まずは編み図と毛糸をお送りして、細かいところは電話で伝えたり、自分で編み方を動画にとって、それを見てもらいながら説明してます。ニッターさんの中にも、『なんでも編めます』って人もいれば、『私は鉤針の小物しかできません』って人もいるので、ひとりずつヒアリングして、出来上がったものを見ながら、誰に何個お願いするかを決めてます。皆さん生活のスタイルが違いますし、たとえば子育て中の方だとそんなにたくさんお願いするのは難しいので、コミュニケーションをとりながらお仕事をお願いしてますね」

ニッターさんにも個性があり、手編みである以上はどうしてもわずかな差が生じてくる。同じ編み図と毛糸を渡しても、少しずつ編み目の密度や細かい始末に違いが出る。それらをすべてチェックして、修正をするのも、かなえさんの役割だ。

「今年のご予約会はご好評をいただいて、去年の5倍近いオーダーをいただいたんです」と、ゆきさんが言う。「機械編みなら何点でも作れるんですけど、手編みだとどうしても時間がかかるんですね。ニッターさんとのコミュニケーションもそれだけ増えるし、それぞれの個性も出てくるんですけど、ちゃんと同じ品質に仕上げられるのは、かなえさんが全部取りまとめてチェックしてくれるからなんです」

1991年生まれのかなえさんは、幼い頃から編み物になじみがあった。冬が近づくと手芸屋さんに出かけ、お気に入りの毛糸を選んで、マフラーを編んでもらった。のどかな土地に生まれ育ったこともあり、テレビで紹介される流行りの商品を買えるお店は近くになくて、ちょっとした小物は祖母にリクエストして作ってもらうものだった。かなえさん自身も、小学生の頃からニットを編んでいたという。

「小さい頃に、こどもでも使える編み機と織り機を買ってもらって、ニットを量産してたんです。マフラーを編んだり、織り機で直線に編んだものを畳んでポシェットを作ったり。小学生が作るものだから、ちょっと不恰好なものだったんですけど、親戚のおばさんたちにプレゼントすると、喜んで使ってくれて。『ああ、喜んでもらえるんだ』って嬉しくなって、作っては配り、作っては配りを繰り返してました。そういう小物を、親戚のおじいちゃんやおばあちゃんがずっと使ってくれていて、手編みのニットって人の記憶に残るし、大切にしてもらえるものなんだってことをずっと感じてました」

高校卒業後、かなえさんは文化服装学院のニットデザイン科に進んだ。卒業後にアパレル関係の会社に勤めたかなえさんは、社会人として2年、3年と働くうちに、個人でも仕事を始めるようになる。

「最初に就職した会社が、ちょっとブラックだったんです」。かなえさんはそう振り返る。「それまでずっと、21時とかまで残業してたんですけど、残業代がつく人もいれば、つかない人もいて。そのうち馬鹿馬鹿しくなって、『もう残業するのはやめよう』と決めたんです。そうすると、今まで残業してた時間がすっぽり空くようになって、とりあえずお小遣い稼ぎにアルバイトをやってみよう、と。そこでたまたま条件に合うのがコールセンターだったんです。コールセンターの仕事は時間に融通がきくから、ダンサーの子がいたり、歌手志望の子がいたり、夢を持って働いている人たちが多くて。その人たちからの影響が私にとって大きくて、自分でも何かやらなきゃと思ったんです。ちょうどその頃に、デザイナーとして独立した友達から『手伝ってもらえないか』と連絡をもらえたりして、会社の仕事と個人で引き受ける仕事と、両立するようになりましたね」

かなえさんが社会人になった頃、手芸業界では経費節減が進められており、仕事を失うニッターさんも増え始めていた。「会社が駄目なら、自分でお仕事をお願いしよう」と思ったことも、個人で仕事を始めたきっかけだとかなえさんは振り返る。

「ニッターの仕事をしてる人って、社会に出たくないって人が多いんです。アルバイトをして働いたほうがお金にはなるんだけど、家にいて編む仕事をしたいって人が多くて。そういう人たちにお仕事をしてもらうためにも、一時期は自分で手編みのブランドを立ち上げて販売してたこともあるんです」

根底にあるのは、「編む仕事をする人たちに対する尊敬の気持ち」だとかなえさんは言う。一日のほとんどを家で過ごして、手編みでニットを編んでくれる人がいる。自分たちの世代は、おばあちゃんが手編みのマフラーを編んでいる風景に馴染みがあるけれど、もしもニッターの仕事がなくなれば、次に生まれてくる世代はそうした光景を目にすることがなくなってしまうかもしれない。その手仕事をこれ以上減らしたくないという思いから、かなえさんはニッターさんたちと仕事を重ねてきた。その積み重ねが、YUKI FUJISAWAの新作にも繋がっている。

ニッターさんとお仕事をする上で大切なのは雑談だと、かなえさんは語る。ニッターさんに電話をかけるときも、仕事の話をするだけではなく、孫の話を聞いたり、ちょっとした愚痴を聞いたりすることが多いという。

「ニッターさんは自宅でひとりで編んでらっしゃる方が多いので、定期的に電話をかけて、どうですかってコミュニケーションをとってます。家の中でずっとニットを編んでるって、すごいなと思うんです。私だったら、編むのをやめて、外に出かけたくなったりすると思うんですよね。でも、黙々と編んでくれてるニッターさんたちのおかげで、ニットが出来上がる。だからせめて、電話で雑談をすることで、たまには気分転換をしてもらおう、と。今は直接会うことは難しくなってますけど、電話でコミュニケーションをとって、また頑張ってもらえたらと思ってます」

雑談の大切さに気づいたのも、かなえさんがコールセンターで電話をとっていたときだった。

問い合わせの電話や、あるいはクレームの電話がかかってきたときでも、気づけば雑談になっていることが多かった。そんな電話を数多く受けているうちに、取るに足らないような言葉を誰かと交わすことの大切さに、かなえさんは気づいたという。

「コロナの影響で、人となかなか会えなくなって、そうやって誰かと雑談することも少なくなったと思うんです。ニッターさんとお電話してると、『ずっと家にこもりきりで、気持ちが沈んでたけど、仕事があるおかげで「やらなきゃ!」って気持ちになれたし、仕事が活力になってよかったわ』と言ってもらえたことがあって。そういう話を聞くと、この仕事をやっててよかったなと思います」

誰かに語るほどではないけれど、ちょっと嬉しかったこと。ハッとしたこと。ふと気になったこと。くさくさしたこと。そんな一粒一粒の感情を抱えながら編み上げられたニットが、注文してくれたひとりひとりの手元に届く日を待ちながら、箱の中で眠っている。

 

Words 橋本倫史

Photo 野口花梨

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